店長ブログ BLOG
とおくはなれてそばにいて
この世界から龍さんがいなくなった。
味わったことのない喪失感と、龍さんが大嫌いなセンチメンタリズムにやられて何も手につかなかった。
龍さんの最後の言葉はカンブリア宮殿を降板する時に残した「作家は、死なず、ただ立ち去るのみ」だった。
シャイな龍さんらしい言葉だった。もう小説を書くエネルギーはない、かといって過去を振り返り何かを語る気もない。自分は近い将来いなくなってしまうが、小説は残る。僕はそう受け取った。
19歳のときだっただろうか?本屋で偶然手にとった龍さんの作品。衝撃的な体験だった。初めて本当のことを言う大人に出会ったと僕は思った。
気がついたら龍さんの作品を時間を忘れて読みまくった。常に龍さんの小説を持ち歩いた。インドで食中毒になって1週間寝込んだ時は「ヒュウガ・ウイルス」を5回くらい読んだ。
「5分後の世界」
「イン・ザ・ミソスープ」
「ラブ&ポップ」
「エクスタシー」
「メランコリア」
「タナトス」
「フィジーの小人」
「368Y Par4 第2打」
「テニスボーイの憂鬱」
「愛と幻想のファシズム」
「走れ!タカハシ」
「ニューヨーク・シティ・マラソン」
「トパーズ」
「コックサッカーブルース」
「ピアッシング」
「オーディション」
「希望の国のエクソダス」
「半島を出よ」
「歌うクジラ」
「オールド・テロリスト」
こうやって書き出すと、今も村上龍が僕の中に生きているのがよくわかる。
僕は村上龍を愛している。そして僕は村上龍の被害者でもある。
村上龍は「テニスボーイの憂鬱」でこう書いている。
『人生はテニスのシングルゲームと同じで、誰かが誰かを幸福にすることなどできない。他人にしてやれることなど何もない。他人のことをわかってやるのも無理だ。他人を支配するのも無理だし、支配されることもできない。人生はシャンペンだけだと思うか?そう吉野愛子は聞いた。そうシャンペンだけだ、そう答えればよかったとテニスボーイは今思っている。シャンペンが輝ける時間の象徴だとすれば、シャンペン以外は死と同じだ。キラキラと輝いていなければ、その人は死人だ。キラキラと輝くか、輝かないか、その二つしかない。そして、もし何か他人に対してできることがあるとすれば、キラキラしている自分を見せてやることだけだ』
僕は一度だけ龍さんに会ったことがある。20年近く前のことだ。龍さんが主催したキューバ音楽のイベントで、場所は品川ステラボールだったと思う。憧れの村上龍に会えるかもしれない、それだけで死ぬほど興奮した。会場に入ると明らかに僕だけが浮いていたのを覚えている。周りは高級なスーツやドレスを身につけた一回り以上年上の成功者や出版・音楽の関係者ばかり。ビールやワインやおしゃれなカクテルを飲みながらキューバのバンドの演奏に合わせて笑顔で踊っていた。
そして、村上龍がいた。村上龍が本当にいた。それだけで感動した。僕はキューバのバンドには目もくれず、龍さんだけをずっと見ていた。そして、イベントの特典でもらった新刊のサイン本をずっと抱きしめていた。
夢のような時間があっという間に終わり、会場を出ようとしたら、目の前に龍さんがいた。僕は訳がわからなくなって思わず「龍さん!今日楽しかったです!」と話しかけてしまった。龍さんは無表情で「よかったです」とだけ答えてくれた。龍さんらしくてめちゃくちゃカッコよかった。痺れた。
目の前に遺作となった小説「ユーチューバー」が置いてある。帯の背面に本文の抜粋が掲載されている。村上龍がそこにいた。
人生でもっとも大切なことは生き延びること。そして楽しく生きることは戦いである。村上龍はずっと言い続けてきた。
だったら僕は死ぬまで龍さんの小説を離さない。だから龍さん、とおくはなれてそばにいて。
